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2007年9月30日 (日)

喜蔵独り(五) 作、歴史侍

Sanmon_2

(岩木山神社山門)

「こ、これは・・?」
服部は今までこのような物を見たことがなかった。
「ここは太師森といってな、我々にとっては太古よりの神聖な場所だ」
円状に並べられた石の中心に、一つ大きな岩が置かれている。
「我々の先祖はその昔、まつろわぬ民と呼ばれ、大和の神々とは違う神を崇めていたそうだ」

 整然と並べられた石の向こう、霊峰岩木山が見える。
「まるでこちらが山に見られているようだな。・・・!そうか、まさしくあの山こそが神・・!」
「よくぞ気付いたな、服部」
出会ってまもない二人ではあったが、互いに通じるものを感じ合っていた。

(続)

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コメント

岩木山信仰はこの頃でもあったんだろうけど
実際どうなん?
太師森のようなものって分かっていたん??

投稿: Nak | 2007年10月 1日 (月) 12:30

無責任に書いたはいいがどうしましょ。
当時安東氏が蝦夷の系譜を名乗っていたことから、そういう文化が全く忘れ去られていたわけでもなさそうですな。
そもそも発見者の葛西覧造氏は地中の遺跡をどう知り得たのでしょう。やはり口伝のようなものが残っていたのでしょうか。
私にはせいぜい太師森の“モリ”にアイヌ語の匂いを感じるのがやっとです。

投稿: 歴史侍 | 2007年10月 3日 (水) 11:21

岩木山の巫女が地中遺跡のエネルギーを感じとって見つけたんですよね。
アイヌのシャーマンが受け継ぐ”秘術”を岩木山の巫女が受け継いでいた・・・とか。

投稿: 梅 | 2007年10月10日 (水) 14:12

やはりアイヌでしたか、
貴重なコメントありがとうございます。
まさしく在野に賢あり、
これからもご教授願いたい。

投稿: 歴史侍 | 2007年10月11日 (木) 11:33

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